SNSやビジネス書、YouTubeのサムネイルで「本質」という言葉を目にする機会が増えました。「○○の本質とは」「本質を見抜く力」——なんだか深いことを言っているように聞こえます。
でも、ふと気づいたことがあります。「本質は○○です」と断言する人の多くが、その先の具体的な内容をほとんど語っていないんですよね。
この記事では、「本質」という言葉が思考停止ワードとして機能してしまうメカニズムと、それを多用する人の2つのパターン、そして見抜くためのチェックポイントを整理してみます。
「本質」が便利すぎる言葉になっている
「それは本質的じゃない」「本質を見ろ」——会議やSNSで一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
この言葉の厄介なところは、反論しにくいという点にあります。「本質的じゃない」と言われて「いや、本質的です」と返すのはなかなか難しい。根拠を示さなくても、なんとなく正しそうに聞こえてしまう。これが「本質」という言葉の持つ構造的な強さです。
ダイヤモンド・オンラインでも「思考停止している人ほど連発する言葉」として取り上げられていました。理由や根拠を示さなくて済み、それでいて相手から反論も受けない「無敵の言葉」になっている、という指摘です。
似たような構造は他のバズワードにも見られます。以前「AI人材」という言葉の定義が破綻している問題について書きましたが、定義が曖昧なまま使われる言葉は、どれも思考停止の温床になりやすいと感じています。
「本質」を語る人の2つのパターン
観察してみると、「本質は○○です」と語る人には大きく2つのタイプがいることに気づきます。
パターン1:抽象で止まっている人
1つ目は、具体に落とし込む力がないタイプです。
たとえば「マーケティングの本質は顧客理解です」と言う。間違ってはいません。でも「じゃあ具体的にどうやって顧客を理解するの?」と聞くと、急にふわっとした回答になる。こういう場面、心当たりがある方もいるのではないでしょうか。
このタイプの特徴はこんな感じです。
- 抽象的なフレーズを繰り返すが、具体例が出てこない
- 「本質」という言葉で思考を完了させてしまっている
- 本人は深いことを言っているつもりだが、聞き手には何も残らない
- 「で、どうすればいいの?」に答えられない
悪意はないケースがほとんどです。「本質」というワードで自分の思考にフタをしてしまっている状態。抽象と具体を行き来する力——いわゆる「具体化力」が不足しているのだと思います。
テック業界でも同じことが起きています。LLMの性能評価ではモデルの「本質的な能力」より、ハーネス(つなぎ方)の方が重要という話を以前書きましたが、「本質」で止まらず具体のレイヤーまで降りることの大切さを示す好例です。
パターン2:意図的に隠している人
2つ目は、具体的な内容を有料コンテンツへの誘導に使うタイプ。
「○○の本質をお伝えします」と無料で抽象論だけ語り、「具体的な方法は有料noteで」「詳しくはオンラインサロンで」という流れ。SNSでよく見かけるパターンですよね。
このタイプの特徴はこうです。
- 無料コンテンツでは「本質」「核心」「真理」などの大きな言葉を多用
- 具体的なノウハウは必ず有料の壁の向こう側にある
- 「本質を知りたい人だけ来てください」という選別の演出をする
- 抽象論で焦りを煽り、課金へ誘導する導線が設計されている
戦略的にやっているので、ある意味では賢いとも言えます。ただ、受け手としては「本質」という言葉がマーケティングのフックとして使われていることを知っておいた方がいいですね。AIに先行者利益はないという話でも触れましたが、中身のない抽象論で先行者ポジションを取ろうとする動きは、どの分野でも似た構造をしています。
見分けるための3つのチェックポイント
「本質」を語る人が本当に中身のある話をしているのか。見分けるためのポイントを整理してみました。
1. 具体例がすぐに出てくるか
本当に物事の本質を理解している人は、抽象と具体を自在に行き来できます。「本質は○○です。たとえば、こういうケースでは…」と、すぐに具体例が続く。具体例が一切出てこない場合は、理解が表面的な可能性があります。
2. 「じゃあどうする?」に答えられるか
本質を語るだけでなく、そこからアクションに落とせるかどうか。ここが分かれ目です。「本質は顧客理解だ」→「だから毎週5人のユーザーインタビューをやっている」のように、行動と紐づいているかをチェックしてみてください。
3. 無料の段階でも学びがあるか
情報商材パターンを見抜くシンプルな基準があります。無料コンテンツだけで何か1つでも実践できることがあるか。本当に価値あるコンテンツを作る人は、無料の部分だけでも十分に役立つ情報を出しているものです。無料で何も得られないなら、有料でも期待しない方がいいかもしれません。
「本質」の正しい使い方
ここまで批判的に書きましたが、「本質」という言葉自体が悪いわけではありません。問題は使い方にあります。
意味のある形で「本質」を語るには、こんな意識が大事だと感じています。
- 抽象→具体のセットで語る:「本質は○○だ」で終わらせず、必ず具体例やアクションを添える
- 自分の経験と紐づける:借り物の言葉ではなく、自分が体験した中から「本質」を抽出する
- 反証可能な形にする:「こういう場合は当てはまらないかもしれないけど」という留保をつけられるかどうか
哲学者のアリストテレスは「本質(エッセンス)」を「その物がその物である理由」と定義しました。本質を語るなら、「なぜそうなのか」を説明する責任がセットになっているはずです。その責任を果たさない「本質」は、ただの雰囲気ワードでしかありません。
まとめ
「本質は○○です」と聞いたとき、額面通りに受け取る前に少し立ち止まってみてください。
- 具体例はすぐに出てくるか?
- アクションに落とせる話になっているか?
- 無料の段階でも学びがあるか?
この3つをチェックするだけで、思考停止ワードとしての「本質」と、本当に深い洞察としての「本質」を見分けやすくなるはずです。
大事なのは、他人の「本質」に振り回されることではなく、自分自身で具体と抽象を行き来しながら考える力を磨くこと。結局のところ、それが一番の「本質」なのかもしれません。
