IBMがAI導入の限界に直面し、新卒採用を3倍に増やした背景
2026年2月、IBMが新卒(Gen Z)向けのエントリーレベル採用を3倍に増やすと発表しました。AI時代に企業がエントリーレベルの採用を削減する流れに逆行する動きで、かなり注目を集めています。
IBMの最高人事責任者(CHRO)であるNickle LaMoreaux氏は「3〜5年後に最も成功する企業は、今この環境でエントリーレベル採用を倍増させた企業だ」と語りました。この発言の背景には、AIだけでは解決できない課題への気づきがあったようです。
なぜAIでエントリーレベルの仕事を置き換えられなかったのか
AnthropicのDario Amodei氏やFordのJim Farley氏など、多くの経営者がAIによるエントリーレベル職の削減を予測してきました。実際、ルーティンコーディングや定型的な問い合わせ対応はAIでかなりの部分が自動化できるようになっています。
しかしながら、IBMが実際に運用してみて分かったのは、AIは「作業」は代替できても「人材育成のパイプライン」は代替できないということでした。エントリーレベルの仕事を全てAIに置き換えると、3〜5年後にミドルレベル・シニアレベルの人材が社内に育たなくなります。
これは一見すると当たり前の話に聞こえるかもしれません。ただ、「AI人材」の定義自体が曖昧な中で、具体的にどんな人材をどう育てるべきかは、まだ多くの企業が模索中というのが現実です。
IBMが再定義したエントリーレベルの仕事内容
IBMは単に採用数を増やしただけではありません。エントリーレベルの職務内容そのものを書き換えました。
ソフトウェアエンジニアの場合
従来のエントリーレベルSEは、定型的なコーディングやバグ修正が主な業務でした。新しい役割では、ルーティンコーディングはAIに任せ、顧客とのコミュニケーションやAIの出力をレビュー・改善する業務が中心になっています。
HR(人事)の場合
以前は社員からの問い合わせに一つひとつ回答していた業務が、チャットボットの介入・監視・改善に変わりました。AIが回答できない複雑なケースに人間が対応し、そのフィードバックでチャットボットを賢くしていく、という循環型の業務設計です。
AI時代に必要なスキルは「AIが苦手なこと」
この動きから見えてくるのは、AI時代のエントリーレベル人材に求められるスキルの変化です。具体的には以下のような能力が重視されるようになっています。
- AIの出力を批判的に評価する能力
- 顧客やチームとの対人コミュニケーション
- AIツールを業務フローに組み込むプロセス設計
- 例外的な状況での判断力
つまり、「AIを使える人」ではなく「AIと一緒に働ける人」が求められているわけですね。この違いは、AIエージェントを企業で導入する際の課題とも深く関連しています。
他の大手テック企業の動向
IBMの動きは、テック業界全体のトレンドと対照的です。多くの企業がAI投資を拡大する一方で、エントリーレベルの採用は縮小傾向にあります。
アメリカの若年層(大学卒)の失業率は5.6%で、パンデミック期を除けば10年以上で最高水準に達しています。AIに先行者利益はないという議論とも合わせて考えると、「AIで人を減らす」戦略が本当に長期的な競争力につながるのか、疑問が残ります。
日本企業への示唆
日本でも「DX人材」「AI人材」の確保が叫ばれていますが、新卒採用の現場では従来型の職務定義のままAI活用を求めるケースが多いように感じます。
IBMのように、まず職務内容をAI前提で再設計し、その上でエントリーレベルの人材を育成する、というアプローチは参考になるのではないでしょうか。特に、AIが得意な領域は明確にAIに任せ、人間にしかできない領域を新卒の成長フィールドとして定義するという考え方は合理的です。
まとめ
IBMの決断は、「AIがあるからエントリーレベルは不要」という単純な議論に一石を投じるものでした。AIの導入は確かに業務を効率化しますが、人材パイプラインの維持という長期的な視点を見落とすと、数年後に深刻な人材不足に陥る可能性があります。
AI時代の採用戦略は、「減らす」ではなく「再定義する」がキーワードになりそうです。
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