スペクトラルレンダリングの基本的な考え方

CGの世界でライティングと言えば、多くの人がRGB(赤・緑・青)の3色で色を表現する方法を思い浮かべるのではないでしょうか。実際、ほとんどのレンダラーはこのRGBベースの計算で光と色を処理しています。

しかし、現実世界の光はRGBの3チャンネルでは表現しきれないんですよね。太陽光には380nmから780nmまでの連続した波長の光が含まれていて、物体の色はその波長ごとの反射率で決まります。

スペクトラルレンダリングは、この光の波長をより正確にシミュレーションする手法です。RGBの3値ではなく、可視光スペクトル全体を細かくサンプリングして色を計算します。最近Hacker Newsでもスペクトラルレンダリングに関する議論が盛り上がっていて、改めて注目されている技術です。

RGBレンダリングの限界

RGBベースのレンダリングが「間違っている」わけではありません。ただ、いくつかのシーンで物理的に正確でない結果を生むことがあります。

たとえば、プリズムによる光の分散。白い光がプリズムを通過すると虹色に分かれる現象は、RGB3チャンネルの計算だけでは正しく再現できません。波長ごとの屈折率の違いが分散を引き起こしているため、連続スペクトルでの計算が必要になります。

また、蛍光や燐光のような現象。特定の波長の光を吸収して別の波長で再放出するメカニズムは、RGBだけでは表現が困難です。RenderFormerのようなニューラルレンダリングが注目される背景にも、従来手法の限界があるわけですね。

さらに、メタメリズム(条件等色)の問題もあります。同じRGB値でも、実際のスペクトル分布が異なる色は存在します。照明条件が変わると見え方が変わってしまうこの現象を正しくシミュレーションするには、スペクトル情報が不可欠です。

具体的にどう計算するのか

スペクトラルレンダリングのアプローチは大きく分けて2つあります。

フルスペクトル法は、可視光の範囲を数十〜数百の波長サンプルに分割して、それぞれの波長で独立にレイトレーシングを行う方法です。精度は高いですが、計算コストがRGBの数十倍になることもあります。

もう一つはHero Wavelength法。1本のレイに対して1つの「ヒーロー波長」を選び、そこから等間隔で3〜4つの波長をサンプリングする方法です。計算コストを抑えながらスペクトル効果を得られるため、実用的なアプローチとして広く使われています。

Physically Based Rendering(PBR Book)の最新版では、Hero Wavelength Spectral Samplingが詳しく解説されていて、実装の参考になります。

映画やゲームでの採用状況

映画のVFX業界では、スペクトラルレンダリングの採用が着実に進んでいます。Weta DigitalのManuka、PixarのRenderMan、そしてオープンソースのpbrtもバージョン4からスペクトラルレンダリングに対応しました。

一方、リアルタイムレンダリング(ゲーム)での採用はまだ限定的ですね。GPUのシェーダーパイプラインはRGBを前提に設計されているため、フルスペクトルの計算をリアルタイムで行うのは現時点では現実的ではありません。

ただし、wgpuのようなモダンGPU APIの進化や、コンピュートシェーダーの活用により、将来的にはゲームでも限定的なスペクトル効果が実装される可能性はあります。

自分で試してみるには

スペクトラルレンダリングを体験してみたい方には、いくつかの選択肢があります。

BlenderのCyclesレンダラーは、最近のバージョンでスペクトラルレンダリングのサポートが強化されています。プリズムシーンを作成して、スペクトラルモードとRGBモードの違いを比較してみると、その差が視覚的に理解できるはずです。

また、pbrt-v4はオープンソースで公開されており、C++が読める方ならスペクトラルサンプリングの実装を直接確認できます。学習目的には最適な教材だと感じています。

今後の展望

NVIDIAのBlackwell GPUをはじめ、ハードウェアの計算能力は年々向上しています。これに伴い、スペクトラルレンダリングの計算コストが相対的に「安く」なっていくのは間違いないでしょう。

個人的に注目しているのは、AIとスペクトラルレンダリングの融合です。ニューラルネットワークでスペクトルデータの補間やデノイズを行うことで、少ないサンプル数でも高品質なスペクトラルレンダリングが実現できる可能性があります。CGの物理的正確性がさらに向上する未来は、そう遠くないかもしれません。