冷蔵庫やエアコンに使われている蒸気圧縮冷却は、19世紀から基本原理が変わっていません。しかし、中国科学院金属研究所の研究チームが開発した「溶解バロカロリック冷却」という新技術が、冷蔵の常識を変えるかもしれないんですよね。Nature誌に掲載されたこの研究について、詳しく見ていきましょう。

バロカロリック冷却効果とは

バロカロリック冷却効果とは、物質に圧力を加えたり解放したりすることで温度変化を起こす現象です。「バロ(baro)」は圧力、「カロリック(caloric)」は熱を意味します。磁場を使うマグネトカロリック効果や電場を使うエレクトロカロリック効果の圧力版、と考えるとわかりやすいかもしれません。

これまでのバロカロリック材料は固体が主流でしたが、固体は熱伝導効率が低く、冷却能力にも限界がありました。今回の研究は、この問題を液体系で解決したところがポイントです。

バロカロリック冷却効果の仕組み:塩の溶解と圧力の関係

研究チームが使ったのは、チオシアン酸アンモニウム(NH4SCN)という塩と水の組み合わせです。仕組みはこうなっています。

  • 塩を水に溶かす:吸熱反応が起き、溶液の温度が下がる
  • 圧力をかける:ルシャトリエの原理に従い、塩が析出する(発熱反応)
  • 圧力を解放する:塩が再び溶解し、大量の熱を吸収して温度が急降下

この圧力の加減を繰り返すことで、冷却サイクルが実現します。従来の蒸気圧縮とは根本的に異なるアプローチですね。

驚異的な冷却性能

この技術の性能は、従来のバロカロリック材料を大きく上回っています。

  • 冷却容量:67 J/g(従来の固体バロカロリック材料の数倍以上)
  • 効率:カルノー効率の約77%
  • 温度低下:室温で27K(27度)、高温条件では最大54K
  • 冷却速度:わずか20秒で達成

20秒で27度も温度を下げられるというのは、かなりインパクトがあります。

なぜチオシアン酸アンモニウムなのか

研究チームがこの塩を選んだのにはちゃんとした理由があります。チオシアン酸アンモニウムは「カオトロピック剤」と呼ばれる物質で、水素結合を乱す性質を持っています。さらに、水への溶解度が高く、溶解エンタルピー(溶ける時のエネルギー変化)も大きい。そして何より重要なのは、数百メガパスカル程度の圧力に敏感に反応することです。この圧力範囲は、通常の油圧システムで実現可能なレベルなんですよね。

バロカロリック冷却効果の応用先

研究者のBing Li氏は、いくつかの有望な応用先を挙げています。

まず注目されているのが、AIデータセンターの冷却です。現在、AI関連のデータセンターは膨大な電力を消費しており、その大部分が冷却に使われています。AIのせいでHDDが品薄になっている現状を考えると、エネルギー効率の高い冷却技術の需要は今後さらに高まるでしょう。

そのほか、自動車のエアコンや建物の空調システムへの応用も期待されています。従来のフロン系冷媒は環境に有害なので、圧力ベースの冷却技術は環境面でも大きなメリットがあります。

実用化に向けた課題

ただし、実用化までにはいくつかの課題が残っています。

  • チオシアン酸アンモニウムなどの塩は腐食性があり、機器の耐久性に影響する可能性がある
  • 数百メガパスカルという高圧を長期間維持すると、機器の劣化が懸念される
  • 実験室レベルから商用スケールへの移行には技術的なハードルが多い

研究チームは、今後さらに多くの飽和溶液を原子レベルで研究し、圧力への応答メカニズムの最適化を進める方針だそうです。

従来の冷蔵技術との比較

現在の蒸気圧縮冷却は100年以上の改良を経て、カルノー限界に近づいています。つまり、これ以上の効率改善はほぼ見込めない状況です。一方、バロカロリック冷却はまだ研究の初期段階であり、改善の余地が大きいと考えられます。

似たアプローチとして、ハイドロダイナミック電子フローのように、物質の根本的な性質を活用した技術革新が近年増えてきています。基礎科学の進歩が実用技術に直結する時代になってきたと感じますね。

まとめ

バロカロリック冷却効果は、冷蔵技術を根本から変える可能性を秘めた技術です。20秒で27度の温度低下、77%のカルノー効率という数字は、従来のバロカロリック材料を大きく凌駕しています。実用化にはまだ時間がかかりそうですが、AIデータセンターの冷却需要やフロン規制の強化を考えると、こうした代替技術の研究は今後ますます重要になるでしょう。

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